全幅や全長は謎じゃないの?
主砲口径、砲身や測距儀の長さは?
謎じゃない長さがあれは、それらとの比率で檣楼高さもとっくに算出されてるだろうに
ぼくいいことかんがえたんだけどプラモ縮尺倍すればいいんじゃないですか?最近のプラモは精密ですしどこに行ってもガンプラ売り切れですよ
>>10
何を言っても受け入れない人は受け入れないから。
乾舷の高さ測距儀の外形長さは分かってるから、公試時の鮮明な写真から各部高さは判定できるんだが、
その結果がお気に召さないと、乾舷の高さも測距儀長さも表向きの数字で実際は違んじゃないか、当時の
最高機密なんだからいまだ資料が出てこない的な事言い出すから。
他の話題でも自説を否定されそうになると機密に逃げて正当化してたバカがいたけど、それと同じ。
つける薬なし。 タミヤのWL大和なんか何回も型作り直してるよな
最初の頃とかなり変わってるはず
ピットロードの考察は最先端
戸高氏も絡んでるし
作るの大変だけど
「戦艦大和 復元プロジェクト」戸高一成 によると大和の資料はほぼ完全に焼かれてオリジナルの線図は無し
有るのは米軍の要請で牧野茂氏らが復元した図面など僅か
復元した大和の図面
こうした図面はコンピューターに入力するとうまく行かないが、今までのモデラー達は手直ししてそれらしい形に仕上げていたとか ところで『戦艦「武蔵」』光人社NF文庫に武蔵飛行科・海軍中尉の回想が載っている
同艦には飛行機が楽に20機搭載できる設備があったとか。(大和型の全長は約280メートルとも)
ただし期待の新鋭機・瑞雲は間に合わなかった
戦時中、海軍航空本部で作成された「空母及搭載艦関係現状報告資料」にも、大和型戦艦に「瑞雲20機」搭載を準備中、
との記事が有る。回想と当時の資料が一致した例ではある
学研本のどれかに、想像図として、第3砲塔脇まで軌条を延長すれば
格納庫と合わせて確かに20機いけそうというのが載ってたな
>>18
松本氏の没後に、遺された松本資料の中から大和の中央部断面図、起工前における
呉工廠第一回出図っていうオリジナルの図が見つかってて現在は一般書店でも
これを収録した書籍が販売されてる。
この図では、艦中央部の水面から最上甲板面までの高さがハッキリ書いてあり、ここから
外舷部の舷側高さもわかる。
公試状態の水面から最上甲板面まで8.515mだが、この上に70ミリ厚さの木甲板を収める
ためと、外舷部マージンブランクのため舷側の鋼板が150mm、ブルワーク状に立ち上がってるので
見かけの舷側部(大和坂の終わりから後方)の見かけの高さは水面上8.665m
鮮明な大和の公試時の写真(なるべく大きく印刷されたもの)を選んで、この乾舷高さを基準に
方位盤トップまでの高さを判定してみればいい。
まあ、この呉工廠出図も防諜のための嘘の数字だと思うならスルーしてくれていい 瑞雲20機ってそんな搭載能力があったのか
宇宙戦艦ヤマトが流行ってた時に「ブラックタイガーが20機ぐらい乗ってる」って話になって軽空母じゃあるまいしアホらしいって馬鹿にされてた遠い記憶を思い出したわ
瑞雲20機の場合は大半が露天係止だし全機発艦するまで3番主砲は使えない
でも余程特殊な条件で無ければ戦艦が会敵即発砲とはならないから航空機を射出している間ぐらいは待てるんじゃないか
でも三次ソロモンの比叡はその特殊な条件で会敵してたか・・
>>24
サマールでは、観測機が常に飛行作業甲板上にいたので、三番主砲は射撃していない >>25
サマールの時はそもそも3番が発砲できる位置関係では無かったかと・・ 距離を詰めることが出来れば全機発艦させたんだろうけど相手が必死に逃げてるからな これかな露天係止分16機
>>26
距離が詰められるくらいなら、観測機も要らんがな。
戦艦積載の観測機というのは、回収も考えると訓練以外は使いたくない機材の代表例。 大和は小型の零観なら最大36機積み込めたと言われる。たぶん分解してたんだろうけど
速やかに戦場から離脱したいのに回収する時はグルっと円を描くように航行して凪の海面作らなきゃいけないからそりゃ邪魔くさくってやりたくないよね
いまだと「凪」っていえば鬼滅の刃の冨岡義勇さんを連想する人が多そうですよね
つか水上機って空母や基地に着艦とか出来ないもんなの?フロートはもったいないけど切り落とせば行けるでしょうに
サマールの時は射出した水上機を回収する事は考えていなかったでしょ
それに確か大和の三番機は結局射出しなかった筈 基地航空隊の支援が無い中で貴重な艦隊の目だからなるべく温存したい気持ちはわかるな
大和武蔵に瑞雲積むならマリアナだけど、
現実には伊勢日向に搭載する分すら
用意できなかったからなぁ・・・
瑞雲どんだけ生産性悪いんや
>>21
>呉工廠出図も防諜のための
正直、分からないな。前スレでも、軍極秘の艤装図が見つかっている、というレスがあったけど
大和は、その上の「軍機」だからそういう資料でも不十分
海軍の情報は五段階で、軍機は国家存亡に関わる情報。以下、軍極秘、極秘、秘、部外秘
戦後に大和の図面を復元した牧野茂氏だが、「軍機」レベルの設計図は
牧野茂造船中佐でも自由に閲覧できず、必要と認められた時に限り
二重錠きの金庫から出された図面を機密閲覧室で見ることができただけという厳重さ
その牧野氏の復元した図面が「戦艦大和設計と建造」松本喜太郎著に載っているが、それが絶対正しいかというと、そうとも言い切れないような その復元図と呉工廠出図では同じ中央切断でも各部板厚やちょっと違う。前者は長官室や兵員室の区画割も
実艦とは違う架空のもの。
復元図はA-140F5以前のをもとに実艦に近づけたものだと推測してる。
復元図は米海軍調査団向けに限られた期日で作成されたものなんで作成ミスや不十分な点も多い。
原勝洋氏が米公文書館から発掘してきた工事記録とも食い違う部分が結構ある。
バ―ベットが最上甲板下で薄くなってるやつもそうだし。
まあ、たとえば平均長さ15・5mの測距儀が実際は17mあったんだろうとか、
45口径とされる砲身長は実際は47口径ぐらいあったに違いないとか、
零式艦上観測機なんかも一般に知られてる機体寸法と違って大和に合わせた軍機指定寸法が
あったんだろうとか
独りで勝手に思い込む分には自由だがね
>>38
たとえば410mm、20度傾斜の舷側装甲や200mm防御甲板もまた機密中の機密だと思うが
見つかった呉工廠図では装甲厚みと傾斜角がそのまま描かれてるし、船体幅も水線幅36.9m、
最大幅38.9mと示されてる。
この図は「極秘」指定だが、軍機指定じゃないから装甲の厚さも船体幅もスケールダウンして
描かれてるのだろうか?
もちろん想像を巡らすのも何を信じるのかも自由だが、通説や発見済みの一次資料に対して確たる
反証とは言わないまでも証言以外の何かがないと他人の同意は期待できない。
無意識のうちに279m、46mを肯定しない資料に価値を感じなくなり、結果的に視野狭窄に
陥ってるように見える。
無意識のうちに 日本は作戦行動中は近くに基地があれば飛ばした水上機はそっちに向かわせて洋上で回収しないのが普通らしい
缶室天井と中甲板の高さは同じみたいだけど
内舷と外舷の機関室天井と中甲板は高さが違う
側部副砲の中甲板の下の甲板も高さが違うようだ
下甲板も同一平面にして連続性をつけてもよかったんじゃね?
舷側装甲の継ぎ目のT字受け具を支える棚板の内部への連続性が気になる
>>41
大和礼讃の決まり文句として、
あれだけの攻防走能力を、あそこまでコンパクトな船体に収めたのがすごい
というのを今でも目にする
攻防走の性能はそのままで、実は大和はもっと大きかったと主張して何か良いことあるのかね >>42
謎の松浦式揚収装置って上手く機能しなかったんかなぁ 同世代の戦艦と比べても船体の大きさに比べて三基の主砲塔が異様にデカいしな
あれで副砲まで中心線配置だから上部構造物が異様に小さくて滅茶苦茶巨艦に見える
>>45
米軍も似たような揚収装置使ってたけど太平洋の荒波じゃ着水するのにアヒルの池が必要で
意味が無かったんじゃないの? >>46
あんだけの巨砲で三連装なのに
無理に水平鎖栓式を採用するから・・・ >>42
周囲に帰還可能な基地がなければ、作戦行動中の観測機の回収は、乗員だけ巡洋艦か補助艦に回収、機体はポイだろ。
戦艦に複数の観測機と弾着観測訓練した乗員を用意しているのはそういうこと。
しかし完敗した時は、観測機の乗員は取り残され、自決か降伏かの二者択一。
もっとも降伏したくても戦闘終了直後だから、白旗を目印に戦闘ハイ状態のヒャッハー水兵達の射撃賭けゲームの的になる可能性もあるが。 >>29
プラモ作っただけなのでよく知らないけど大和の艦尾の格納庫開口部はシャッターついてたっけ?
あと飛行機が主砲がある甲板上にある時はそのままカタパルトにセット可能、格納庫にいる時はクレーンで吊り下げてカタパルトにセットするでOK? 聞いてはいけないことを…
格納庫扉とエレベーターの話は鬼門
ブリ艦載機のウォーラスは飛行艇なのに引き込み脚ついてるからどこにでも降りられていいね
にしても英独新型戦艦や英改装戦艦の航空兵装なんであんなよく似たもんになったのかね
双方ダブルカタパルトだし
格納庫扉はあったんじゃなかったっけ
無かったら格納庫の中でも主砲発砲の衝撃で壊れて跳べなくなると思うが
>>53
戦艦のレイアウトで航空兵装を配置するスペースを考えると缶室上は煙突があるからダメだけど、機械室上ならおk
WW1までの英も、新戦艦になってからの独も全缶全機なので機械室がまとまってるから、その上も広い
日本の金剛や長門も機械室上に航空兵装を置いている
KGVは缶機缶機だが機の上を使ってる
扶桑みたいに主砲塔をばらまいてたり、ネルソンのように機械室を艦橋下に持ってくると主砲塔上にカタパルトを置くしか無い
米新戦艦はシフト配置ではなく缶機ユニットを並べてるので上構に余裕がなく艦尾
大和は独と同じく全缶全機だがバイタルパート圧縮したから航空兵装はバイタル外というところではないかと
両舷には副砲もあったし
ただし日米とも航空兵装が後部主砲の爆風にさらされるという副作用を伴う つか索敵なんて周囲の取り巻きに任せればいいんだから戦艦に航空へいそういらなくね?
>>55
扉はあったよ。乗員の集合写真に写りこんでるもの等から構造が解明されて
VR大和でも再現されてる
14分39秒から
>>44
今回の場合は礼賛というよりも、ひとつの説にとらわれ過ぎてしまったパターンだと思う。
これを拗らせると水中防御の話しかできない人やアイオワ級ピッチングしない論者やバブルス君
みたいになっていく。 >>57
索敵は基本補助艦や空母が行う。
戦艦の航空装備の主目的は観測 実際の索敵はその時に搭載機を出せる艦から柔軟に割り振ってたみたい
なにしろ日本だと水偵の充足率がめちゃくちゃ低かったから
戦艦空母をじゃんじゃか作る金があるんなら水偵くらい数をそろえて満載とまでは言わんが各艦ちゃんと持ってる位にしとけよなまず
戦艦なんかに載せてもほとんど飛ばさずに塩害耐久試験してるようなもんだからな
ソロモンみたいに水上機が便利すぎて引っ張りダコの戦域に送られるから無理
>>41
ワイは大和主砲口径100cmでも唱えてみるわ🤗 アリューシャン方面なんか沿岸に置いておくと波や風であっという間に損耗して作戦どころじゃないし
生産と損耗が追いつかないのだろな
水偵搭乗員は陸上の双発機に引き抜かれて、船に回ってこないとNF文庫の本に書いてたな。
夜戦関連だったかな?
ソロモン以降ろくな艦隊機動しなくなったんで、遊ばせとくの勿体ないとかなんとか。
現代のヘリと同じで、水偵あれば人員の軽輸送や付近の捜索、対潜警戒に使えるのだから巡洋艦以上はフルに積むべし
日本だけではないが、高速の艦上偵察機の整備を怠ったのが痛いな
索敵の巧拙が勝敗を分けている
索敵への空母機リソース配分をケチった結果、偵察が巡洋艦搭載の水上機の仕事になった
マリアナみたいに先制攻撃してもダメだったものもあるが
これはこれで、来襲機を早期発見して迎撃できる自艦空域の索敵システムの勝利とも言える
十二試水偵の失敗が痛いね・・・
偵察を空母機に任せて、水上機に爆撃の一翼を担わせると言う方向なら
三空母を喪った後でもまだ相応の爆撃能力を維持できてたのに
日本以外で偵察専用艦載機を開発した国なんてあったのか?
>>70
いわゆる空母搭載が前提の偵察専門機を
WW2の時点で開発してたのは日本だけだけど
それ以前、空母の任務の主体が偵察だった時代には
偵察専門機は割りと在り来たりの存在ではあった
ブラックバーン R-1とか
ちなみに「艦載機」と言う定義なら水上機をも含むので
偵察・哨戒・観測を任務とした機体はザラにある 艦載機と言うと空母用の艦上機ではなくてその他の艦で扱う下駄履き機て事だよね
今はなんでもヘリ搭載するからごっちゃにされてるけど艦載機と艦上機は別物で艦上機は艦載機に含まれるものでもない
そんな揚げ足は取るのに日本が高速の艦上偵察機の整備を怠ったなんて無知はスルーなのか
95艦戦が迎撃の主体なら
97艦攻や98艦偵でも高速だわな
紫雲は遅過ぎるわな
↓の発想に辿り着かなかった時点で
紫雲は駄作に終わる運命だったのだ
日本は日露戦争くらいから偵察にはかなり注力してたからな
戦略偵察機も日本が先駆だし
>>77
彩雲は雷装で500km/hくらいまで低下したらしいから
フロートつけたらもっと速度が落ちる
たぶん紫雲と大差ない 情報は力ですからね
その情報を無視して戦争に走った時点で終わった
>>76
どう考えても主フロート放棄で補助フロート引き込みの方が速いわけだが もしも大本営発表なんかやらずに正直にまじめに
「ミッドウエーで大敗しました」「五十六さんしんじゃいました」
「ガダルカナルは餓死者続出」「インパールも餓死者続出」とか
報道してれば国民にも厭戦気分が高まり早期講和で平和だったものを
当時の一般人は転戦転戦で軍艦マーチ聞いても全然勝ってると思わなかったと言ってるし
B-29に都市を焼き払われても反戦デモなど起きなかったという現実
今でも大規模反政府デモはほとんどおこらん。
あの震災+原発事故の稚拙対応見てもTVで評論家が騒ぐだけで国民は黙り。
今も昔もその辺はあんま変わらない。
戦前・戦中は民間に介入する憲兵や特高警察があったから。現在のウイグルや香港でも大規模デモは無い。加減が分からなくなった治安機構があるとね。
現代日本は、現政権がベストな政策を実行していなくても、代わる政党が無いだろうさ。
その他野党に現政権よりマシな施政能力があると本気で信じる日本人は何パーセントいるかね。
野党の誰かが耳当たりのいいこと言っても、大本営発表並みに信用できん。
>>83
戦後、小磯国昭がGHQのヒアリングに対し、
負け戦と云うことを承知している政府が、ここで直ぐ講和をすれば苛酷な条件に屈伏せねばならず、勝っているとのみ信じている国民は之に憤激して国内混乱のもとを為すであろう
今度会戦が起りましたならばそこに一切の力を傾倒して一ぺん丈でもいいから勝とうじゃないか。勝ったところで手を打とう、勝った余勢を駆って媾和すれば条件は必ず幾らか軽く有利になる訳だと思ったのです
このように言っている
つまり戦中であっても政府は世論を非常に意識していた
ただし負け戦は客観的には明白で、国民には勝てる戦だと宣伝してきたメンツのバランスが一撃講和論
どんなに負けていても、最後に戦術的に一撃勝利して有利な講和を結ぶ
こんな夢みたいな構想があれば、どんなに負け戦が続いても戦争を継続できる
アメリカは1943年のカイロ宣言で日本が無条件降伏するまで戦争をやめないと公言してるのに
三同盟国ハ同盟諸国中日本国ト交戦中ナル諸国ト協調シ日本国ノ無条件降伏ヲ齎スニ必要ナル重大且長期ノ行動ヲ続行スヘシ まあトラウトマン工作で一時的にも手打ちしてれば打開はしてたかもなあ
多田駿将軍が可哀想
>>87
海軍は多田次長に対して大反対してたじゃん 真珠湾にスニークアタック仕掛けたところから始まり、身の程知らずな戦争ふっかけて案の定敗戦
そんな敵国が降参しますと言って、国体は護持、分割占領されなかっただけまさにアメリカ様様だよな
戦術レベルで艦隊決戦すれば勝てたはずとか大和がどうすれば勝てたはずとか、夢みたいな妄言は恥ずかしいからやめた方が良い
夢想するなら、どうすれば対米戦争を始めずに済んだか、だ
>>87
無理。軍閥寄合国と軍閥政治国は同族嫌悪プラス相互不信。
互いに相手の外交交渉の誠意に疑いを有していりる。一時的に妥協可能に見えてもご破算になる。
で、対支那戦を語っても戦艦とは関係無い話だが。支那は近代戦艦を保有したことは無い。 せめて太平洋戦争やるにしても日中戦争終わらせてからだよなぁ
そして日中戦争終わるまでにはあと数年かかるのでその間に世界情勢も変わっただろうに
でも日中戦争が終わったら対米戦をやる理由もないという
「ギャンブルで敗けたら、次は倍の金額を張ればいい。そうすれば最後には必ず勝つ」を地で行ってケツの毛まで抜かれた、みたいな話。
これ戦争にかかわらずに1950年くらいまでのらりくらりやってたらアメリカのほうから土下座して「どうか同盟を結んでくださいませ」と言ってくる奴じゃね?
>>96
ワンチャンなかったとは言わんが、そんな合理的選択ができて末端にも徹底できるような国政なら、あんな自滅的戦争してなかったよね。
戦後の外務省の総括でも「クーデターみたいな根本的国体変更でもなければ_」って結論。 米国無視して対ソ戦をすればいい。
ソ連は結構日本陸軍を過大評価してくれてるので、極東に幾ばくかのソ連軍を引き付けるだけでドイツがなんとかしてくれるかもに期待。
天文学的に勝ち目の無い対米戦よかまだコンマでも勝ち目がある。
ソ連戦やるならアメリカのレンドリースも撃沈はしないにしても臨検してカツあげできるからな、アメリカにしても交戦もしてないのに武力でどうこうするのは無理
ドイツ側から見てたら当時の日本はいくら日ソ中立条約があるとはいってもレンドリース止めてくれよって感じだったでしょうし実際止めてれば勝てたかも知れん
>>96
石油が無くなってしまうからアメリカが先に頭下げて来るはない
ただ41/12開戦の機会を逃したらドイツが負け始めるのと米海軍の戦備が整うので日本が屈服した可能性は高い
ただそうだとしてもすっテンテンになるまで毛をむしられる事も無かったし、対独戦に協力していれば大変な漁夫の利を得れた可能性もある あの時戦争を回避して一時米国に屈服したとしても、対独戦に協力して戦後に英仏の様に核武装していれば、今も西太平洋の覇権国だったのは間違いない
何故その判断が出来なかったのかはずっと問われるだろうね
>>99
シベリアルートは援ソルートの一つにすぎないから無理だろ >>98
米国に屈服して対ドイツ戦をやるが一番賢い選択だよ
100万分の1でもコンマの確率でも無く100%勝てる
戦後の国際秩序の構築側に参画して後は中国を外交で料理すれば良かった話なんだ 当時飛ぶ鳥を墜とす勢いのナチスドイツを見て、バスに乗るおくれるなと言ったのは誰か
いま、日本は中国側につくべきと言わんばかりの連中は誰か
でも実際アメリカか中国かどっちかにつかないと無理ゲーじゃね?世界3位wwwwww
世界各国名目GDP
【1995年】
1位 米国(7兆6394億7500万ドル)
2位 日本(5兆4496億1200万ドル)
3位 ドイツ(2兆5880億0000万ドル)
4位 フランス(1兆6028億1300万ドル)
5位 英国(1兆3416億8500万ドル)
6位 イタリア(1兆1753億2300万ドル)
7位 ブラジル(7700億8600万ドル)
8位 中国(7310億0200万ドル)
9位 スペイン(6135億9500万ドル)
10位 カナダ (6057億9400万ドル)
【2020年】
1位 米国(20兆8072億6900万ドル)
2位 中国(15兆2221億5500万ドル)
3位 日本(4兆9105億8000万ドル)
4位 ドイツ(3兆7805億5300万ドル)
5位 英国(2兆6382億9600万ドル)
6位 インド(2兆5925億8300万ドル)
7位 フランス(2兆5514億5100万ドル)
8位 イタリア(1兆8482億2200万ドル)
9位 カナダ(1兆6002億2400万ドル)
10位 韓国(1兆5867億8600万ドル)
>>105
そうだよ だからこそ次回は目先の勢いに騙されて本当の組むべき相手を間違えちゃダメだよ 次間違えたら取り返しがつかない 中国のパキスタンへの扱い見てると、それなりの力を持ってる限りは中国の子分になってもそうそう粗略な扱いは受けないんじゃないかという気もする
まあ中国が民主主義にならない限りはあまり加担する気にはなれないが
>>107
1.GDPリストの国は10位の国が怪しいが基本的にアメリカ側 唯一の盟友ロシアは経済的がボロボロで軍事力しかない
2.中国は一人っ子政策と言う大失政の為、人口減少が始まっており人口抑制政策の結果これからの減少速度は過去に例がない勢いで減る 社会保障の積立も少なく衰退速度も速い
3.中国に代わって馬鹿みたいに人口とGDPを伸ばしているのがインド 後10年もせずに日本を抜くと見られ最終的に中国を上回る そして中印両国は歴史的な敵対国
4.現在の移民政策を維持した場合、アメリカは今世紀中も人口を増やし続けると見られる GDPの伸びも同じ
絶対に目先の勢いに騙されちゃ駄目だ 戦争が起きない様に宥めすかし続けて時間を稼ぐことが日本の国益になる 戦争をやってる当事者ではなくて、それを外から見ていた同時代人の目にも
ドイツの不利が表面化するのって結構遅いんだよね。
1943年3月にはドイツの潜水艦が通商破壊戦で戦争中屈指の成功を収め、
イギリスでは物資の窮乏から継戦を巡って議論が交わされたほどで、東部戦線でも
ハリコフがドイツ軍に再奪還された。こうしたことは機密でもなんでもなく、多くの
人にとってはまだ戦争がどっちに転ぶか判然としなかった。実際、ドイツの劣勢が
疑われなくなり、フランスでレジスタンス運動が本格化するのは1944年になってから
だったりする。後世を生きる俺らは公開されている情報や歴史研究の成果を元に
あーだこーだ岡目八目を決め込めるが、1941年12月の日本政府首脳に「ドイツ軍は
もうすぐモスクワ前面から撤退しますよ」と言っても信じられないだろうし、その
程度でドイツ側が不利だなんて認識されないだろう。スターリングラード戦が終わる
まで、ドイツ側は戦争のイニシアチブを堅持したしな。
全方位にヘイト出して絶対裏切るロシアだけがお友達とか絶望的な未来しか予想できない
>>21
>舷側部・・・この乾舷高さを基準に方位盤トップまでの高さを判定してみればいい。
松井宗明氏などの証言に基づいて大和の乾舷高さ10mとしてトップまの高さを測ると50メートル近い数字となっていて
少なくとも証言に矛盾は無いと言うことになる。それ以上はちょっと分からないな >>41
>証言以外の何かがないと他人の同意は期待できない。
もちろん証言が全て正しいことは有り得ないし同意も期待してないよ。一つの可能性として挙げただけ
例えば新人兵として大和に乗艦して主砲指揮所で勤務した人の手記が有る
『戦艦「大和」檣頭下に死す』 光人社NF文庫
この人は大和は全高七〇メートル、上甲板から前部射撃指揮所(トップ)までおよそ五〇メートルと語っているが
雑用に走り回っていた新人で、詳細な数字を記憶する余裕も無く曖昧な数字を語ったように思う(艦底からの数字かも?)
しかし特別な戦艦・大和の、電探技師、副砲長、砲術長、信号兵、などの専門職は経験実績とも特に優良な人物揃い
また昭和の証言なので記憶もそう古くはない。証言する人物は少ないが、そもそも大和の実際の数値を知る人物は当時から僅か
彼らの証言は40数メートル〜50メートルで一致している。電探の設置場所、主砲射撃指揮所、全高、積載状態等による喫水の変化などで多少の誤差が有るものの
これらの数値を「偶然の一致」と片付けるのは逆に不自然。そう簡単には否定出来ないように思う >>111
各記録では10mは艦首部の乾舷高さと言う事になってて、艦橋部分のは呉工廠の図でも
8・665M
>>112
艦底からっていうのとはまた別に方位盤の上部までなのか、そこから突き出てる2KW信号灯までの高さを
ふくめてなのかでも変わってくるからね。 日本が耐えに耐えたとして
対独戦に勝利したソ連が弱ってる日本を放置するとは思えんな
>>112
言われてる寸法が定説なのかどうか私は判断できないので教えて欲しいのだけど、武蔵の松井少佐が言っている二号一型電探の装備高44mって広く言われてる数字と一致してるの?
技術責任者が言ってる数字だからこればかりは確度高いと思うんだよね 彼が記憶していた数字が間違ってたら電探の探知性能評価なんて出来ないと思うんだ いつかまたプラモデラーが解明する
知らないけどきっとそう
>>114
満州 朝鮮 日本がソビエト領になるのを米英が眺めてるわけないやん。 >>118
微妙で分からんww どっちでも良いんちゃうか? >>116
大和ミュージアムの大模型でも模型の世界でも石橋孝夫氏の図解でも、一般擬装図一部改正
や呉工廠図、信濃の油密区画図などに基づいて作図されてるので、水面から方位盤天蓋まで
約40mで作られてる。
模型は各寸法を確定させないと作れない さすがに大和ミュージアムの10分の1はちゃんとした資料で作ってあるんだろ?あれが一番正確じゃね?
>>119
40メートルと50メートルじゃ大違いなんだな
ちなみに50メートル大和はこんな感じ
扶桑改と名付けるべき代物
強そう〜
武蔵でも艦首の錨甲板正面から艦橋を撮影した写真があるけど、15m測距儀の覆いの外寸を
16m強としても方位盤天井から最上甲板面と思われる個所まで測距儀長さの2倍あるかどうかなんだよね。
あとは、大和設計時に定められた檣楼施設標準
昼戦艦橋の眼高は水面上34メートル
これを実物写真の乾舷高さと比較すると全く矛盾が無いんだよね
50メートル扶桑改の比率でやってみると、面白いことに昼戦艦橋がちょうど40メートルになる
檣楼施設標準を半端に齧ったやつが、大和艦橋は40メートル、だから檣楼トップは50メートルになるはず!と勝手に考えた可能性はありそうだ
>>123
これね
見上げてるので多少歪みは出るかもだけど、方位盤天蓋まで甲板上30メートル少しってとこかね
甲板上40メートルはあり得ないね
>>124
画像検証乙です。
長門航海科作成の艦橋要表における水面上高さでは方位盤天蓋40.7m、そこから突き出てる2キロワット信号灯43.3m、
15m測距儀眼高36.7m、第一艦橋眼高33.04m、煙突頂部29.7mとなってるので、それとほぼ合致しますね。 >>58
格納庫に降ろした飛行機はレール上を移動させて左右に分かれて収納するんだな。 これが戦争じゃなくて遊園地のアトラクションだったらどんなに楽しいだろうか
>>128
わざわざ格納庫を二股にした股間の三角部分は単なる倉庫のようだ
倉庫も必要なんだろうが、そんなものは片寄せるかして、格納庫は単一の大空間にした方が使い勝手は良いだろうに
艦載艇格納庫も頑張って作ったが、あのスペースも全部飛行機格納庫にすれば、伊勢日向並みには搭載できたんでは?
内火艇など戦闘用ではないし、アイオワ級はちっちゃいボート以外は艦載艇搭載してないしね
その代わりに救命筏は山積みしてる
本当は沈む運命にあった方が載せておくべきもの 艦載挺は脱出用ではなく、ちゃんと意味があって乗せてるんだよ。
自分が考え付く事など、当時の人でも考えてるよ。
それでもなお同時代の戦艦で船減らしてまで搭載機増やしてる戦艦が無い意味をちゃんと考えよう。
搭載可能数を増やしても余り意味がないとは思う
どうせフル搭載した事はないんだろうし
>>131
艦載艇は脱出用など、最初から誰も言ってないことを書かない事
脱出や戦闘には使い用のない艦載艇を載せず、救命筏を山盛りにすることに理由があった
アイオワは、ごく最初期の設計案では煙突間の40ミリ砲台になってる部分に艦載艇があったと思う
Nカロライナ級では後部煙突周辺にかろうじて艦載艇とクレーンがあり、更にスペースのないSダコタ級ではインディアナでは揚収用クレーンは片舷だけ、アラバマでは最初からクレーンなし
艦載艇は、それ自体にスペースを食うだけでなくクレーンやデリックの装備も必要だし、主砲爆風からの保護も必要
戦闘に貢献しないくせにリソースを食うんだよ
大和が艦内格納したのは一つのソリューションだが、艦内容積が犠牲になった
いっそ載せないという選択肢の方がイノベーティブだね 海軍の日常業務に関する知識がなければ艦載艇不用論みたいな言説がでるのもまあ仕方がないかも知れないなあ。
救命艇用途以外の、とりあえず今ざっと思いつく艦載艇のお仕事を挙げると
・ブイ係留作業。艦首から垂らした錨鎖を作業隊がシャックルでブイに繋ぐ。艦隊の規模のわりに
港湾設備が貧弱だった日本では泊地だけでなく軍港でも多用された。
・連絡、上陸。ブイに係留すると、作戦会議等で他艦を訪れる事や病人の搬送、ゴミの搬出、糧食や物資の搭載、
そして食事、真水とともに乗員に対する最大の福利厚生である上陸には艦載艇を使うほかない。
昭和19年のリンガ泊地からシンガポールへの第一戦隊の上陸では、大和、武蔵に長門を横付けして上陸員を
便乗させたが、これは例外的で常時できるわけでもない。
・外舷の塗装などの整備作業
・臨検。戦艦がこれをやることはほぼ無いが、これ以外にも降伏の意思を示した敵艦に士官を送るとか
いう事態も考えられる。
戦闘の際に戦力にならないのは確かにそうだが、柱島やトラック、リンガ湾、ブルネイ湾などの前進基地や
泊地からの出撃の場合は置いていけない。
最後の天一号作戦の時は大半を降ろして空いたスペースを増えた機銃員の居住区に充当した説もあるので、
それが本当なら結果的に艦載艇搭載設備は戦力面で無駄とはならなかったとも言える。
それと漕がされる側はたまったものでないがカッタ―訓練は水泳と同様、海の男の基本スキルと見なされ、
個艦や戦隊対抗の競技も行われた。
古代の奴隷船よろしく多数の男どもが掛け声に合わせて櫂をこぐ様は前時代的だが、今でも海自だけでなく
海上保安学校や水産高校、商船学校でも行われる。
ただし海保のはスポーツ競技用のような細長いタイプで櫂も細く軽いタイプに見える。
防大のボート部だと一年中カッター漕ぎまくってて、同校学生からも一目置かれると同時に
基地外じみてるとも言われるが、まあこれは文化的なものだろうなあ。
今はゴムボート的な搭載艇も増えたが、作業艇が艦上から消えることはないだろうね。
まあアトラクションといい勝負だと思うがな
艦載艇は、三笠あたりでは置き場所に困ることはなかったが、弩級艦になって主砲塔が船体にばら撒かれるようになると居場所捻出に苦労することになる
バーベット根元に置いたりフライングデッキを渡して上に置いたり
前に書いたようにデリックやクレーンもセットだから余計難度は高い
英弩級艦の三脚檣が前向いたり後ろ向いたりを繰り返したのは、後ろ向き三脚檣の主脚をデリック支柱に使うため
イギリスは米独のように独立クレーンを立てるのを嫌ったので、後檣をデリック支柱に使えない場合には、艦橋が煙くなるのにほとんど前檣を後ろ向きにしている
それほど艦載艇が大事だったのかと
扶桑型の4番砲塔バ―ベットが高いのは、あの周りに艦載艇を置くためだからねえ。
その分の重量増加や重心上昇、標的面積増大を忍んでの事なので、戦闘時の戦力にはならないけど必須の装備品だったわけだ。
>>136
だからこそ、英国海軍は艦載艇置き場にこだわったんだろうな
それも事実だが、アメリカが戦艦から艦載艇を降ろしたのもまた事実だし、現代艦がカッターなど搭載していないのも事実
艦艇という限られた空間、重量リソースを割り当てるにあたって、優先度、必要性の低いものから消えていくのは当たり前
逆に、アイオワ級が小型の内火艇2隻のみ残したのも、これだけは必要だという判断があったから
また戦後、20ミリ機銃を全廃してスペースが空いたら、3番主砲直下に艦載艇置いてるしね
当然、戦時には下ろすか、構わず主砲撃って壊れても可という判断があったからだろうが 蛇足
現代の艦からカッター自体は消えたけども、自爆テロ対策や警備、臨検の必要性が増したのと、特殊部隊運用、
重量軽減(本体重量だけでなくダビットなど比較的大掛かりな設備でなく小型クレーンで揚げ降ろし可能)
などの理由で強化型複合ゴムボートRHIBが艦載艇の主流になりつつあるね。
これらが従来カッターや内火艇でやってたお仕事を一部引き継いでる側面もあるんですよ。
アーレイバーク級がその代表だね。アメリカは港湾設備が充実してるし、泊地でも支援艦が
存在してる。
横須賀や佐世保でもアメリカの艦艇がブイ係留してるの見たこと無いでしょ?
海自護衛艦は昭和50年代あたりからカッターの搭載がなくなり、最近はRHIB1隻と
作業艇1隻だね。海自だとまだまだ従来型作業艇の需要がある。
戦艦長門なんか二軸推進の艦載水雷艇なんて載せてたな
>>139
現代と大戦までをごっちゃにしてはいけない。
当時は本国以外では岸壁にちゃんと係留出来る港湾施設は少なく、英国の艦隊基地として有名なスカパフローやロイサスでさえ、停泊艦の4割は湾内係留。
現代では偉いさんクラスはヘリコプターで移動するが、当時は自艦の大型内火挺を利用して移動する。
誰何された場合は自艦の名前を答える。
ここには内の艦長や司令官がいるんだゾ!って感じ。
ナンセンスだと思うかもだが、これが当時の海軍魂。 こういのは一部現代でも残っていて、海自だと艦内神社もそう。
軍旗掲揚とかもそう。
英国の海軍さんが言うに、現ドイツ海軍旗は大戦時とは別のデザインを使った時点で別の軍隊に成り下がったけど、日章旗を使い続ける海自は名前こそかわれど、嘗ての旧海軍の魂と伝統を引き継いだ海軍なんだそう。
そういうお世辞を真正面から受け止めれちゃうピュアな感性を大切にしてほしい()
多分ドイツ相手には「いつまでも古臭いジャップと違ってドイツは生まれ変わって凄い」とか2枚舌で言ってますよブリカスですから
>>145
そうだね
飢えた狼と言われて勝手に喜んでる鈍感さを海自が引き継いでいるなら、次の戦争でも負けるな 居住性より戦闘力重視だったのは外洋型海軍と近海海軍の違いで馬鹿にする意味も褒める意味も無いだろう
だいたい米軍と違って英海軍はドイツ嫌いだし
今じゃアーレイバーク級や原子力空母よりも90年代以降に完成した海自の護衛艦のほうが
居住性いいからね。
士官室も科員居住区も、こんごう、あたご型のほうがアーレイバーク級の同区画より広い。
潜水艦の調理室や食事メニューも海自のが世界一かも知れない。
外国の通常動力潜の厨房はキャンピングカ―のそれに毛が生えたレベルのもあるし。
ドイツの場合は世界に冠たる第二帝政ドイツ海軍からワイマール海軍、第三帝国海軍、連邦海軍と短期間で変貌し続けたから昔の海軍魂なんて欠片も残っちゃいないわな
十八番だったはずの潜水艦でさえダメダメになっちゃってるし
ドイツはイエローペリルの本場なのに大元の中国と昔からベッタリで日本の事は向こうはむしろ嫌ってると言うか下に見続けてるしね
>>149
帝政海軍とワイマール海軍とナチス海軍って同じ組織が看板かけかえただけだろ? いくら皮肉嫌みスキーな英国人でも軍旗に関して馬鹿にするほど落ちぶれてはいないと思うのだが…
以前 じんつうの狭いトイレで海自の人と揺られながらつれしょんしたときに、イージス艦のトイレはでかかった話をしたら、うちこそが日本の船なんですよ
と自信満々に言われた。
この間のブラタモリの富山回では
じんづうがわと言っていたな
自分はじんつうだとずっと思っていたからあれっ?と思った
>>151
昔は、少し時化ると壁面歩けるほど揺れて艦内激狭なちくご型が海の男のフネなんて
半ばヤケクソ気味に言われてたなあ
あぶくま型は2段ベッド艦の嚆矢だけど便所や浴室はさほど広くもなかった。
やっぱり、こんごうやむらさめ以降だね。真水供給量も増して洗濯機使えるようになったし。 海自の船の居住性が良くなっているのは直面している慢性的な定員不足への対策なのじゃないか
そうですね。
あぶくま型設計時に言われてたのが居住区の「魅力化」で、こんごう型、むらさめ型で
当時におけるベストを実現した。
造水量も乗員200名のDDで日に25トンだったのを175名で日に40トンに増強。
バケツで手洗いの洗濯が全自動洗濯機に。
しかしそうした努力もむなしく、今では居住性よりネットや携帯の制限がネックに
なって相変わらず若い隊員からは艦艇乗り組みは敬遠されがちに・・・
当スレであまり戦艦に関係ない話題を続けるのも申し訳ないので、ここでトリビアをぶっ込むと
戦艦大和の冷房能力は毎時15万キロカロリーのもの4台で合計毎時60万キロカロリー
こんごう型は毎時62万キロカロリーのが3台、計同186万キロカロリー
黛は、居住区にスペース割くのは無駄
戦艦母艦を作って、寝泊まりはそっちにさせろ
居住区には防水のため桐ダンス詰めとけと言ったが、武蔵についてはそうすべきだったな
レイテでも、ブルネイを出撃してから1週間で戻ってるのでその間は最小限の場所に交代で寝とけば良い
どうせ戦闘配置中は全員で寝ることは無いんだし
だいたい、戦艦て世紀の大海戦でもすぐ帰っちゃうから
ガ島でもレイテでもマリアナでも、地上では血みどろの戦い本番でもすぐ帰っちゃう
戦闘配置中はそうかも知れんが軍艦って実際にドンパチやってる時間なんて生涯の1パーセントもなくないすか?
>>159
実際の戦争中の様相見ると母艦が潜水艦に雷撃されるリスクは結構高いと思えるし。
武蔵はあの被害状況だとどのみち助からなったろう。
牧野茂は「戦艦大和発見」への寄稿文で、3か月分という糧食搭載量を減らして、浮力材を
充填するスペースを作っても良かった的なことを書いてたけどね。 いやいや
黛の言ってる戦艦母艦は泊地での宿泊用だ
横須賀に停泊してるAPL-40みたいな
これは艦齢70年を超えている
その後釜になるのがAPL-67
黛さんの言ってるのは第二帝政独海軍がそうしてたから真似したらいいんじゃねって話
第二次大戦時と違って第二帝政海軍の主力艦は狭い北海でチャプチャプして遠くまで出張る必要ないから出来た事で広大な西太平洋駆け回る日本海軍には当てはまんないんだよね
>>163
全然違う
黛の発言を抄録すると
あの船は、完璧な船と思われたでしょうが、私は一番大和の大艦としての欠点は、敵の弾丸、魚雷に弱い部分が一番砲塔から艦首まで、約一〇〇メートル。これは、アーマー(装甲鈑)は全然ない。
(前方の部屋に)スポンジゴムを詰めて、兵員室を全部潰せと。
その代わり、何百人という兵隊が住めなくなるから、戦艦用母艦を造る。
商船を徴用して、士官以下が住んで、訓練のときは、大和、武蔵に乗り移る。出撃のときも乗ってくと。
私が当時言ったのは、すべからく戦艦は、散兵壕と心得るべし。
塹壕の中で寝起きすると同じようにやると。あるいは、戦闘機乗りは、何も生活のことを考えずに戦闘機に乗っていくと、長官以下全部、着の身着のままで昼飯とか、ハードビスケットかじって戦をする。
その代わり、(戦は)十日以上は(航海が)続かないから、別府へ入ろうと、呉へ入ろうと、それは簡単。そういう意見を出しましたけども、軍令部、軍務局、全くお構いなしだったです。
ゴムという資源がないならば、桐のタンスを下駄でもいいから、全部防御のないところに詰めれば、今度のように至近弾が当たり、あるいは、飛行機魚雷が相当当たっても、沈むことはなかったと思うんです。
それは大和、武蔵ばかりでなく、扶桑級も金剛級も全部同じ要領でやるんです。まあ、そういうような意見は出しましたけれども、ご採用にならなかった。
黛の三倍説はトンデモだが、この点は賛同できる
武蔵がまさにこういう沈み方をしたからね そのスポンジゴムや桐材が、艦首部の区画に充填された場合に、期待できる浮力を発揮してくれるのか
どうかという検証は為されたのかな?
スポンジゴム(発泡ゴム樹脂?)ってよく燃えそうな悪寒・・・
てか10本とか魚雷食らう時点でもう船の性能関係ないやろ。
作戦的に敗北やん。
充填材の工夫は浮き輪や救命胴衣に使ってたパンヤを詰めて溶接する方法が試行されてたみたい
矢矧は沖縄特攻の時に大量の木材を浮力材にするのに乗せてた話と単に筏代わりに乗せてた話が
>>164
その話は有名だからわざわざ書かなくても誰でも知ってるでしょ
そうではなくてその着想自体は昔のドイツ海軍から来てるって事なんだよ 副砲の砲郭を居住区に割り当てられてた人もいたって言うけど
副砲の砲郭内で一晩過ごすのってキャンプ気分で割りと楽しそう
スポンジゴムでも桐材でもいいけど、戦艦にそれを試行した海軍は無いからなぁ・・・アイオワ、ヴァンガード、多分未完のモンタナ、ソユーズもな。それがFAよ。
黛としては魚雷10本以上披雷しても耐えられる良案を示しているつもりかもだが、それは戦艦に必要とされる機能なのかを論じないと。
>>171
フランスがエボナイトムースとか言う
らんま1/2に出て来そうなのを充填してるけども
あれもどの程度効果があったのか >>171
それで武蔵が沈むのが1日ぐらい遅れた所、で戦闘能力を喪失していた事に変わりはなく戦局には全く影響しないものね
それよりも良く語られる方位盤があっさり故障して機能を失った事の方が大問題だと思うわ 対空砲や機銃が艦橋周辺に集中してるため1発の爆弾で全部パーになっちゃったんだよな、アメリカみたいな感じで艦首や艦尾にもっと分散しておけば違っただろうに
>>172
船体に浸水すれば排水量が増える、つまり船体容積の水線下部分が増えて、水線上容積=予備浮力が減る
エボナイトムース充填区画には浸水しないんだから、予備浮力喪失をその分阻止できる
充填しただけの効果は当然ある
なお、戦闘にしても航行にしても艦の機能発揮にはエボナイトムースは全く貢献しないので、当然ながら容積リソース減少という副作用はある アドミラル・シェーアが撃沈した輸送船の一隻は綿花を満載してたんでなかなか沈まなくて苦労したらしい
炎上しながら東京湾を漂流してたタンカーの第十雄洋丸も自衛隊が砲雷撃してもなかなか沈まなかったし
浮力がある充填材が詰まってるとそれなりに沈没し難いのは間違いないな
今なら燃えない充填材がいくらでもあるからその気になれば不沈艦も可能なんだろうか
>>176
フランス戦艦のエボナイトムースは区画内一杯に充填されてるのではなく、
コーキング材のように区画の隅を埋める感じのやつと洋書で解説されてた記憶が・・・
タイトル忘れたけど
どちらかと言えば隣接区画からの漏水防止みたいな >>171
アイオワの公式図見ると、防御甲板下、主砲弾庫の隣接区画にも兵員居住区が設けられたり
してるんで、居住スペース確保には苦労してる感じ
>>173
方位盤故障については技術的原因が解明されないまま終わった。
防振架台から方位盤本体が外れて旋回不能、艦内修理不可とものだったが、
手塚正巳氏も指摘するように高速航行時に船体が波に当たって起こる振動と大威力の魚雷
命中による振動が共振してしまったのかも知れない。
戦艦ワシントンでも付近の海中での爆雷炸裂の衝撃で方位盤故障が発生した事例もあるので、
運が悪ければ精密機材である方位盤は使用不可となるというリスクは一定の割合で存在するとも言える。
海底で発見された武蔵艦橋部の映像では防空指揮所レベルでの15m測距儀、測的所の支持構造が
大和新造時の図面と同じである事が判明したが、海底の大和の当該部分では部材が追加され、構造が
強化されていた。
また、方位盤室側壁にはアングル材のようなものが格子状に取り付けられてる状況も観測されていて、
これらは方位盤へ振動が伝わるリスクを低減しようという対策かも知れない >>178
ダンケルク級、リシュリュー級といえば、まずもってジョーダンのFrench Battleships, 1922-1956だとおもうが、
この図解ではエボナイトムースは普通に充填されてる
リシュリューはインターナルアーマーだが、船体外板と舷側装甲の間、液層の外側、あとはバイタルパート外側の非防御部分に充填されている
フッドのバルジ内水密鋼管充填も同様の効果を狙ったのもので日本も真似したが、鋼製なので腐食に手を焼いてネルソンには受け継がれなかった
エボナイトムースはメンテナンスフリーだったという >>181
機関室断面見るとバルジ外側のやつって魚雷が命中すると爆発で焼失しそうな気もするけどね
この部分のは爆圧、衝撃の緩和が狙いなんだろうか 1m間隔の多層液層防御で油と空気や缶水と空気を交互に詰めておけば
メンテナンスも容易なんでは?
>>179
大和の1番砲塔、2番砲塔の下は上甲板と中甲板に挟まれた広大な区画が高さか中途半端な防水区画になっていて謎だな
中甲板の水平防御をもう少し下げて2段の居住区にして甲板面積を広げて
舷側装甲の高さを下げて、その浮いた重量を前方への舷側防御の延長とかに振り向ける方向では
改善できないのかな? >>125
大和の15m測距儀・光四八金物だが正確な基線長は15m720mmで外枠も考慮すると16m少々
施設を下から見上げると低めに見えるが、最上甲板から上まで三〇数メートル位は有る
電探技師の松井宗明氏は大和の最上甲板は水面から10メートルもあって昇るのに
苦労したと回想している。
数字を合計すると水面から四〇数メートル位となり、他の人の証言とも概ね一致するのは事実 >>120 121
> 模型は各寸法を確定させないと作れない
大和ミュージアムの大模型では牧野茂氏らが戦後に作成した有名な図面を元に、数百枚もの図面を新しく作成して建造 大和の防御力にあれ以上を求めなくてもええんじゃないかと思うんだが。
1:1だと世界最強防御軍艦やろ。
求めるなら速力かな。
>>113
それで証言と食い違う図面だが、大和の図面が面倒なことになっているのは敵のスパイが図面を盗み出して
自国の造船技師に見せて解析されることを阻止するため
敵国の専門家が見て誤解するように書かれている図面を素人が見て判断できないのは仕方ない
当時、大和建造で実際に使われた図面は、縮小されているモノと、工廠で一つ一つ換算して実寸に引き直したモノの2種類がある
しかし大和の2種類の図面なんて見つかっていないので、どちらかが徹底的に処分されたはずでは有る。それ以上は分からないな >>185
大和船体深さは18.9mで公試排水量の吃水は10.4mだから
軽荷の時だと吃水が8.9mなのかな? >>184
あの防水区画は倉庫としても使えない空所なので防水区画として密閉したと思われる。
主砲、副砲、高角砲の発令所がそこの防御甲板下に集中してるのでキツイ感じ。
完全に後知恵で言うなら艦底防御をやらないで、その重量を水中防御に・・・と言いたいところだが
それで耐TNT爆薬550kg防御屋「至近弾への弾片防御を達成できるかというと無理っぽい。
結局艦をもっと大型化しないとって話になってしまうねえ >>188
まあ、もう見解の相違という事でこの話題は終わりにしませんか?
あなたの考えは理解しましたので >>189
喫水10.4mは計画公試排水量68,200トンにおける数値とされており、実際は大和でこれより
900トンほど増加したので実測値の平均喫水は10.46mに。
満載72,800トンでは10.86mなので、これからすると1千トンあたり十数センチの割合で喫水が変化する
事になるかな >大和の図面
僅かに残った資料は『戦艦大和―その生涯の技術報告 (1952年)松本喜太郎著』にだいたい載ってるが
戸高一成の取材によると松本喜太郎氏は大和計画について「私は一番若くて、たいした仕事はしていないのですよ」。
関係者の証言では、どうも将来のための勉強目的でスタッフに加えられたらしい
配置替えで、後は大学講師や技術研究所所員という配置が多く、「まあ、仕方ないですよ。でも、大和の仕事はしたかったですね」(松本氏談)
大和関連本を著したことで戦後の方が大和に深く関わったという話し
同書に載っている図面だが牧野茂氏によると「軍極秘」の図面は持ち出し可だったから、あるいは、それかも知れない
色々とカモラージュしている図面で、船殻ほか重量を本物より一万トンくらい小さくしていたとか。でも真相は分からない
>>191
うん。結論が出るモノでは無いからもう良いね >>193
重量の話が出たので最後にひとつだけ。
その、一万トン少なく書いた資料は発見されてますよ。完成時の重量調査表というやつです。
原勝洋氏がアメリカ公文書館から他の呉工廠建造資料と一緒に発掘してきたものです。
原氏の戦艦大和建造秘録って本に表がそのまま掲載されてます。
各部の重量は正確に書かれてて、合計のところで1万トン少なく書いてあります。 要するに>124に書いた通り
既知のデータである乾舷との比較、檣楼施設標準に定められた昼戦艦橋高さ
それと実艦の写真
こうした相互に独立した多数の客観ソースが、檣楼高40メートルで矛盾なく整合している
昼戦艦橋34メートル、檣楼トップ40メートルという実艦の艦橋高さにかかわる数値が、
いつのまにか昼戦艦橋高さ40メートルと混同され、だったら檣楼トップは50メートルあったはずという誤解のストーリー成り立ちにも無理はない
粗雑な考察で勝手に真偽不明に持ち込むなと
つまり電探専門家の証言通り、大和の乾舷が10メートル有ったら写真と矛盾が無いんだな
>>199
もう構うのはやめよう。何言っても駄目だから >>198
トップが水線から50mもあれば、戦後氾濫した大和開発秘話で大々的に取り上げられておるわな。
多少大袈裟な証言が流布している状況なのに、こんな大和の革新性の宣伝になるエピソードが有名でない。
50m説が否定できないからから真偽不明、は小学生か肩から上の部位に何か問題のあるヒトの屁理屈。
50m説を客観的に証明できない限り、誰かの手記や検証されていない図面の話では議論の土俵にも載らない。 まあ発見された図面の正確性を否定しつつ、そこに描かれてる船体寸法より機密度が高いはずの
各部装甲の厚みの話や、証言でも砲術長の能村次郎氏が言ってる40mはスルーしてるわけだから
まあ察して放置してやれよ。
今までもこういう人いたじゃないか。最近だと艦底起爆魚雷の人とか
主砲射撃指揮所の床面高さは海面上38.4m (原勝洋「戦艦大和のすべて)
そこから方位盤照準塔の天蓋まで2.4m(j黛治夫「艦砲射撃の歴史)
・・・だから合計40m強だな
元々は大和が距離4万メートルで問題なく命中弾を与えるという話から
始まったのだから数メートルの高さの差は大した問題じゃないよ
これに関しては関係者の証言も一致してて異論ないし
50メートルと矛盾のない写真資料が出てこない限りは、50メートルは無い
40メートルならいくらでも写真資料はある
そういえばウルトラマンも最初は40メートルが主流でしたけど最近は50メートルあるんですよね
それはゴジラと同じで設定変えただけ
宇宙戦艦ヤマトも新しくなるにつれて大きくなってる
ロシア在住日本人による工作動画だけど、世界帝国云々以外の部分って日本で同じようなこと指摘してた人おるの?
【衝撃】日本の明治時代 世界最先端の艦隊は一体どこから生まれたのか?
戦前に韓国が存在したなんてファンタジーを語ってるから日本人のフリした朝鮮人だな
巡洋戦艦「アドミラル・ナヒーモフ」?なにこいつ?
ロシアの太平洋艦隊の能力には、ロシアの多くの愛国者たちが不安を感じている。敵は強くて立派なのに対し、わが国には同盟国もそれほどいないからだ。
2021年10月にはロシアと中国の合同演習が行われたが、「有事」に中国海軍が千島列島でロシア軍とともに戦うことはない。中国はこの地域で独自の利益を追求するが、千島列島に興味はないからだ。自国の犠牲を払ってまで他国の利益を守るというのは中国共産党の方針にまったく合致しない。
合同軍事活動については、少なくとも中露間の包括的な同盟条約締結なしには実現しないし、そもそもそんな条約に中国側が調印するかも疑問だ。おそらく中国が日露の領土問題解決に武力をもって参加することはなく、核兵器の使用もない。
他に頼れる同盟国もロシアにはなく、日本の同盟国もこの紛争に関与することはないだろう。となると、ロシアの太平洋艦隊と日本の海上自衛隊だけの戦闘になるはずだ。
日本の海上自衛隊からは横須賀基地と舞鶴基地から第1護衛隊群と第3護衛隊群が出て、間違いなく青森県の大湊基地を拠点とするだろう。大湊は海上自衛隊のもっとも古い基地のひとつで、駆逐艦3隻を持つ1部隊とフリゲート艦4〜6隻を持つ2部隊が常駐する。そして、さらにより多くの戦艦を受容・供給する能力がある。
そして、有事の際、日本側は何を配備できるか。護衛隊2部隊と潜水艦隊1部隊だとすると、編成は以下のようになる。
・ ヘリコプター搭載護衛艦 2隻(季節によっては軽空母1隻とヘリコプター搭載護衛艦1隻)
・ ミサイル駆逐艦 4隻
・ 駆逐艦 12隻
・ フリゲート艦 4隻
・ 潜水艦 8〜10隻
さらに複数の掃海艇、上陸用舟艇、戦車上陸用舟艇の出動も可能だ。
一方、ロシア太平洋艦隊の編成は次の通りになる。
・ 巡洋戦艦「アドミラル・ナヒーモフ」 1隻
・ ミサイル巡洋艦「ヴァリャーグ」 1隻
・ 駆逐艦「ブイストルイ」 1隻
・ フリゲート艦(大型対潜艦1155型) 4隻
・ 原子力潜水艦(魚雷と巡航ミサイル) 3〜5隻、通常動力型潜水艦8隻
こんな編成では、ロシア太平洋艦隊はおそらく壊滅する。日本のほうが海上艦隊も多い上に、船が新しい。
(以下略)
https://courrier.jp/cj/274258/ キーロフ級が20世紀に配備された時、西側ミリタリジャーナリストに巡洋戦艦と呼称されたことはあったが、備砲が130ミリではなぁ。
ピョートル・ヴェリーキイだけが北方艦隊に配備されていた頃から
ロシア海軍内から役立たずの木偶の坊だと言われ続けてるね
こんな無駄にデカいだけの船に予算を使わずに駆逐艦の近代化を
進めろと。
そうは言われつつもハッタリだけはきくから、海軍のプレゼンス低下が
著しいロシアの外交制作の価値だけから就役が続いている。
実際問題として本当に戦争になったらどうやって使う積りなのか
もう一隻の大型艦のワリヤーグが日露戦争冒頭に帝国海軍に撃沈された
ワリヤーグと同じ名前と言うのが何とも。同じ運命となる予感しかしない。
最凶探偵
>>220
130ミリ砲というよりも水上打撃力として装備してる長距離対艦ミサイルから戦艦呼ばわりされてるんだと思うが
どっちにしても、アウトレンジは良いんだが航空機による中間誘導を必要とする時点で、長距離対艦ミサイルは退場した
戦艦がアウトレンジの前提とした飛行機観測が夢物語だったのと同様
中国の虎の子という触れ込みの対艦弾道ミサイルも、移動目標に本当に当てられるのって疑問に答えられていない
この点も戦艦と同じ
いずれ何か開発されるんだろうが、遠距離の移動目標に当てるという対艦攻撃の限界は昔から変わっていない キーロフの場合、船体規模やLB比や艦容的に巡洋艦より昔日の高速戦艦に近かったからだね
キーロフを最初に戦艦と書いたのは当時のジェーン年鑑だったかな
アドミラル・ナヒーモフって工事終わったのか?
それに北方艦隊じゃないの?
船体と原子炉以外全とっかえだって話だったけど
兵装どんなのなの?
>>224
当時から巡洋戦艦って言われたのは戦後建造された大型戦闘艦では珍しく最大100mmの装甲を持ってた事が挙げられるね 当時からして既に失われた技術で、設計官達はドイツから買ったリュッツオーの図面を引っ張り出して来て参考にしたと語られてる 当初計画では152mmの装甲ベルトを付ける計画だったとも・・
ただ当時も今も対艦ミサイルの性能から考えてそんな重装甲が必要だったのかは疑問とされている >>225
昔からラーゼリフェフかナヒーモフの修理が終わったら一艦は太平洋艦隊に回すと言われて来たので現在の計画では? ご存知の通りこのクラスは工事中の事故やら予算不足による遅延やらで一度として予定通りに進行した事がないので全く信用できないけど・・
多分無事修理が終わったら太平洋に回航する予定の艦が今はナヒーモフって説明されてんじゃ無いかな
来年になったら廃艦にすると言い出しててもおかしくない 1度でいいからキーロフ級で💩してみたかった
デカいからトイレも広いに違いない
個人的には次のリーデル級を楽しみにしてるんだが
ロシアも金ないしいつになるのか建造出来るのか
アドミラル・ナヒーモフが現役復帰したら40年使い倒す予定だしなあ・・・
艦齢何年だよ
スーパーロボット大戦も30周年で30が出るこのご時勢でお寿司、いつまでガンダムゲッターマジンガーなのかと
ヴィクトリーは150年以上使い回してるのでまだまだ。
そういえばGレコってターンAの500年後設定でしたっけ
>>230
原子力空母エンタープライズCXN-65だって51年現役だったし、
ブルーリッジなんか70年近く使う予定だし 原子力・蒸気タービン混用と言う摩訶不思議な動力源だった
原子力推進だって蒸気タービンだろ
核反応を熱源に蒸気を発生させてタービンを回す
蒸気発生の熱源が、原子炉とボイラーの併用
原潜が今でも原子炉の緊急停止に備えてディーゼルエンジンを載せてるのを知らない人なのか
原子炉だけだと停止したら冷却用の動力も無くなって恐ろしい事になるのは東日本大震災で
結構広まった知識だろ
>>239
そりゃあ緊急用の非常動力源の話で、原子炉とは別に蒸気ボイラー持ってた話とは全く意味が違うぞ >>105
20世紀の日本はアメリカの7割位の経済力や海軍力を持ってたんだが
もう遠い歴史上の話か >>240
スチームタービンはディーゼルみたいに緊急時にすぐ動かすなんてできないから
併用になっただけで原子炉停止時の保険なのは変わらんと思うぞ >>241
20世紀初頭は米海軍の予算規模もさほどでなかったし、軍縮条約の縛りもあったからでは? 20世紀初頭って日露戦争の頃だし軍縮条約なんて無いぞ
日露時代の日本国家予算は英国の年間軍事予算の1/3。
対米7割の経済力ってことは無いのでは?
ごめん日清戦争時代の話だった。
でも対米7割は無いと思う
僕いい事考えたんですけど自民党の茂木敏充幹事長が言ってるように中国様みたいに睡眠時間半分にすれば効率が上がるんじゃないですか?
自民幹事長「中国深圳は睡眠時間4時間で新しいもの生み出してる。日本もそういう情熱必要」 [271912485]
http://2chb.net/r/news/1641884729/
ものづくりの街、大阪府の東大阪市。12月13日、自民党の茂木敏充幹事長と市内の経営者6人とが、テーブルを囲んで話をした。
「車座対話」である。
茂木幹事長は、経営者らに話した。
「下町ボブスレーのようにヨコのつながりが大切だ」
下町ボブスレー。それは、東京都大田区の町工場を中心に技術を結集してボブスレーをつくり、冬の五輪に走らせようというプロジェクトのことだ。
2011年に始まったこのプロジェクトは“日本スゴイ”の証左の一つとして自民党政権がもてはやしてきた。
さて、茂木幹事長は、さらに語る。
「これまで見たことないものを生み出してほしい」
「中国の深圳なんかは睡眠時間4時間で新しいものを生み出している。そういう情熱も必要だ」
情熱なしでものづくりをしている町工場なんて、ない。経営者側の意見はこうだ。
「大手企業とのピラミッドの中でやってきた。そんな中で、ピラミッドからの脱却、イノベーション(技術革新)を起こせ、新しいものを、と言われても簡単な話ではない」
そもそも、ピラミッドを町工場が下から支えてきたから自動車ができるのであり、家電ができる。私たちの生活は下請け仕事が支えてくれている。まずは町工場に感謝するのが筋、である。
30分ほどの対話後、茂木幹事長は記者団に言った。
「東大阪の企業は、元気がある。大阪、日本の未来は明るいと思った」
そして、大阪を去った。
このことを言うのを忘れなかった。
「賃上げを積極的にすすめる中小企業については、40%の法人税減税という思い切った措置を取っている」
https://www.asahi.com/sp/articles/ASPDX4D7SPDSPLZU001.html >>242
上手く伝わっていないようなのだが、原発が装備しているディーゼル発電機は緊急時の原発冷却用で、この役割の為にキーロフ級はエレクシトラ合同製のターボ発電機を装備している。(元々原潜用のVM-4型原子炉をベースで開発されていたのでタイフーン級と同じやつ 4000馬力x4 2000馬力x4の8基がついている)
キーロフ級以外の原子力船は潜水艦も空母も含めて上記に近い構成なのだが、キーロフ級は他に例がない蒸気(KVG-2型)と原子炉(KN-3型)両方のボイラーを持っていたから摩訶不思議と言ってる。
発電所を例にすると原子炉のボイラーの横に火力発電所のボイラーがついており、両方でタービンを回すことができる仕掛けで、保険とか言うレベルではない。
史上この構成の原子炉推進システム(CONAS方式)を採用したのは後にも先にもキーロフ級しかなく、冷戦時代には一体なぜこんな推進システムにしたのか西側で論争になっていた構成なんだ >>248
そりゃ原子炉が不調になったからって冷却だけして漂流させるわけにいかないほど巨艦だからじゃね
スチームタービンだけで巡行できれば不調を起こした事に気づかれないし
潜水艦だと大気依存の補助動力付けても浮上しないとダメだから誤魔化しようが無いが >>249
冷戦当時のソ連海軍解説本には原発からの蒸気を更に加熱するボイラーなのでは!なんて分析記事が書かれてたね・・ 懐かしい。
冷戦が終わってから、実は原子炉が故障した時も航行可能なシステムを作れと命令されていたと分かったって次第だね。
そこまで信頼性を目指した複雑な機関を作ったからか、もとの原子炉の信頼性が悲惨だったからか・・多分、理由は両方なのだろうけど、一番艦キーロフは完成して4年間港で整備を続けてやっと外洋に出て作戦任務についたと思ったらそのまま機関故障。そこからまた5年間かけて整備を行ってやっと出てきたらと思ったら2週間で原子炉故障。
で、ソ連が崩壊しちゃったのでそのまま放置されたと・・
他の艦も原子炉をずっとアップデートしているんだけど、今でも港で修理している時間の方がずーーっと長い不思議な艦だ >>250
そう言ってももっとでかいアメリカの空母だって原子炉が壊れたら漂流するぜ
まぁ滅多にしないけど。
>>スチームタービンだけで巡行できれば不調を起こした事に気づかれないし
冷戦後に分かったのは正に上記がこんな構成にした理由だったのだけど、元からソ連のプレゼンスを諸外国に示すためのハッタリ艦だったって事だね
それはロシア海軍が今もキーロフ級を処分していない理由でもあって、海戦に勝利することではなく、ロシアの国威を示す象徴的な艦だから捨てられない
もっとも核ミサイル時代の艦船の役割として考えれば必ずしも間違っていない
昔、ミンスクが太平洋艦隊に配属された時も日本はソ連が攻めてくると大騒ぎになったからね 実態はそんなすごい艦では全然なかったのだが・・ >>252
アメリカの空母は原子炉使わずで巡航できる動力なんて載せてないしそんなのが必要ない信頼性があると思って
作られてるだろう
ベトナム戦争で一日に何回も給油しないと発着艦ができない現代の空母の苦労を味わったから原子力空母に注力したんだし >>253
>アメリカの空母は原子炉使わずで巡航できる動力なんて載せてないしそんなのが
>必要ない信頼性があると思って作られてるだろう
いくらロシア人だってそんな信頼性がない原子力推進艦なんて恐ろしくて乗りたくないよ
でも結果としては大失敗でソ連崩壊までにキーロフが出撃できたのが2回、フルンゼも2回だけでウラジオに着いて力尽きた。カリーニンは地中海に1回だけらしい。
だからもしナヒーモフ(旧カリーニン)がウラジオに出てきたらバルチック艦隊を思わせる大航海になるね。 全く同じ型では無いけど同時期の原子炉だとタイフーン級が、蒸気タービン機関だとキエフ級が居て、クルスクしたりもしてて米艦艇よりは信頼性が劣るんだろうけど、それなりにちゃんと活動してるんだよね
それだけにキーロフ級の稼働率の低さは異次元過ぎる コンバインの仕方に問題があるんだと思うけど、現役艦って事もあって機密だらけでフタナリだって以上の詳細は分かりません
そう言えば世界の艦船にキーロフ級に関する研究結果を執筆していたポルトフ氏がキーロフ級の機関諸元は機密保持の為にどの発表資料を読んでも諸元が異なり設計値が分からない様になっている。なので自分で計算した正しいと思われる諸元を掲載したって書いてたけど何処かの大和艦橋高の様な話だ
ナヒーモフを40年近くも修理していて未だに動かない所を見ると実はロシアの方々、本当の設計値が分からなくなって無いか心配になる
原子力水上艦は、アメリカの空母も巡洋艦も原子炉を2基搭載している
エンタープライズは原子炉を8基搭載したというが、能力向上で2基に
原子力巡洋艦はロングビーチで2基、その後の能力向上後も1基ではなく2基を維持しており、フェイルセーフ上、最低2基という発想かもしれない
原潜は2基のせる余裕がないけど、故障したらとにかく浮上して支援を待つんだろうね
想像だけど、ロスアンゼルス級が3万馬力、キーロフ級が7万馬力。
同じ蒸気タービンなのでキーロフ級はその馬力を利用する機関とか窯圧力とかが耐えられ無かったりするのでは?
>>257
キーロフ級は原子炉x2と蒸気ボイラーx2だから合計4つだね
4つもあったからだろうけど蒸気ボイラーが1基故障したのにもう一つあるからと修理せずにそのまま使い続けちゃってもう片方の蒸気ボイラーも過負荷で寿命が短くなって壊れちゃた艦がいた筈 >>258
ソ連のタービン技術って結構凄くてデルタ級が6万馬力だった筈です
どうしても妄想になるのですがキーロフ級って前時代の軍艦の様に機関部とかの艦要部を装甲板で囲ってる艦なのですよね 容積が小さくなれば装甲重量が減るので機関関連を無理にコンパクトにしたのではと思ってます
まぁ装甲配置が公開される訳も無いので、その説を確認出来るのは退役した後になるでしょうけど 原子炉載せてたら水上艦だろうが潜水艦だろうがコンクリで遮蔽してるんじゃないの?
>>261
キーロフ級はそれとは別に100mmの装甲板を張ってるのよ 元々は152mmの装甲ベルトを喫水線に着けるって言うWW 2艦の再来かって設計だったらしいんだけど流石に重くなりすぎると主要部だけ覆う設計になってるらしい
現代艦でそんな装備してる艦は他にいないので具体的にどうなってるか俺も分からん 知ってたら教えてくれ
ドイツから買ったアドミラル・ヒッパー級リュッツオーの設計図面を参考にしたって話だけどね 喫水線に構造材を兼ねた装甲鋼板を使うのは米軍の原子力空母も同じだったような
昔の戦艦みたいな構造材の外に吊るす装甲版だったの?
>>263
当初設計はそうだったって言われてるね 完全にロストテクノロジーになってたのでリュッツオーとスターリングラード級重巡の装甲配置に倣ったとされてるが重量過大になった為、WW2当時の防御方式をそのまま採用するのは断念してるそうだ この辺りが巡洋戦艦って言われる所以だね 装甲はロストテクノロジーってほど?
舷側100ミリ装甲をもっていたスヴェルドロフ級はキーロフと就役期間がダブっている
装甲の参照先としては、リュッツォーもそうだろうが、まずこっちだったのでは
アメリカの原子力空母は重油を搭載しなくなったから、これまで大型艦で採用していた液層防御が使えなくなった
エンプラがどうしたのか知る由もないが、発想の転換を迫られただろうね
>>265
重巡洋艦に病的な固執を見せていたスターリンからロケット野郎フルシチョフに変わるにあたり海軍のトップもクズネツオフからゴルシコフに変わって、海軍の建艦方針も砲熕兵器艦から潜水艦とミサイル艦にガラッと変わって設計官も入れ替わったんだよ
尤もクズネツオフの先代と先先代で起きた様な同世代の海軍軍人丸ごと銃殺しちゃうロシア仕草をフルシチョフはやらなかったからロシア海軍にしてはかつてなくマイルドな代替わりだけど
それと勿論スヴェルドルフ級も参考にしたと思うが、砲熕巡洋艦の設計としては戦前からずーーっと設計案を練りに練り続けたスターリングラード級と輸入してまで参考にしたリュッツオーの方が設計官達への印象が強かったんじゃ無いかな